乾燥板には三十七枚の和紙が貼られていた。けれど、私の手元の記録は三十六枚で止まっている。数え直しても、一枚多い。いちばん端の紙へ触れると、日に温められた板とは反対に、指が痺れるほど冷たかった。しかも紙の裏から、浅い水を掌で叩くような音が、ぴたり、ぴたりと返ってきた。作業場の水槽は、もう蓋をしたはずだった。
私は山あいの小さな資料館に勤め、併設された紙漉き場で実演を担当している。楮を煮て叩き、粘りを加えた水から簀桁で繊維をすくう。窓の外には細い川が流れ、午後になると西日が板壁を蜂蜜色に染めた。普段は観光客の話し声と水音が絶えず、閉館後も虫の声が入り込む。九月三日、木曜日も、日暮れ前まではいつも通りだった。
余分な一枚を剥がしてみると、紙はまだ湿っていた。朝から板に貼られていたなら乾いているはずだが、縁から落ちた雫は床へ落ちず、糸のように持ち上がって紙へ戻った。空調の風かと思い、私は吹出口を止めた。それでも雫は逆さに昇った。新人が記録を忘れたのだろうと紙を別の棚へ移し、帳面の三十七番目に鉛筆で印だけを付けた。
次の束を数え始めると、十枚ごとに川音が遠のいた。五十を越えた頃には、開いた窓の向こうで揺れる葦が無音になり、七十では足元の板まで軋まなくなった。ところが乾燥板から紙を一枚剥がすたび、その紙だけが失われた音を吐き出した。虫の声、流水、私の咳。九十九枚目を外した瞬間、紙の奥から、まだ口にしていない私の声で「百」と聞こえた。
私は作業を止め、近くに住む元職人のキヌさんを呼んだ。事情を聞いた彼女は、水槽の蓋に手を置き、「今日は九月最初の木曜だろう」と言った。この日は九十九枚で簀桁を伏せ、水を一晩休ませるのだという。百枚目まで漉けば、川下から来たものが職人の数に加わる。昔から伝わる戒めらしい。私は迷信だと笑えず、棚の紙を九十九枚まで戻そうとした。
そのとき蓋の下で水が盛り上がり、木枠がひとりでに跳ねた。水槽へ差し込まれた簀桁には、誰もすくっていない白い繊維が集まり、人の肩ほどの膨らみを作っていた。その表面を内側から無数の指先が押し、乾燥板の紙も一斉に息を吸うように膨れた。紙ごとに違う声が「一」から数え始め、最後の一枚だけが黙ったまま、私の胸元へ濡れた縁を伸ばしてきた。
キヌさんは壁の鉈で簀桁の紐を切った。枠が崩れると水は床を這って排水口へ流れ、紙の膨らみも平らに戻った。二人で朝まで数えたが、完成した紙は九十九枚しかなかった。余分な一枚も消えていた。ただ、作業着の胸に留めていた名札は白くふやけ、印刷されていた私の名前だけが抜け落ちていた。キヌさんはそれを火に入れず、川へも捨てず、無言で水槽の底へ伏せた。
それから紙漉き場では、木曜日に百枚を作らない決まりが正式な手順になった。冬の終わり、資料館へ差出人のない平包みが届いた。中身は生成りの和紙一枚で、光に透かすと、胸につける名札と同じ大きさの薄い四角が浮かんだ。収蔵庫の加湿器が動き始めると、その四角だけがゆっくり濡れた。紙の中で「九十九」と声がし、続いて、私の声がはっきり「ここにいます」と答えた。
※本作は創作怪談です。
