氷の中に、工場の天井が凍っていました。正確には、透明な角氷の中心にできた乾いた四角い空洞が、梁や配管を真上から見下ろした形に見えたのです。気泡なら白く濁るはずなのに、その部分だけ水を避けたように澄み、隅には赤い線まで走っていました。私が使っていた氷運搬用のトングと同じ色でした。
私は九月上旬まで、海沿いの小さな製氷工場で短期の仕事をしていました。午前四時半に入り、漁船や鮮魚店へ出す角氷を金属容器から抜き、検品台へ運ぶのが担当です。夜明けが近づくと高窓が薄い橙色に染まり、冷却機の低い振動に、港から戻る鳥の声が交じります。寒いのに外気だけは湿っている、ごく普通の作業場でした。
最初の空洞を見つけたとき、私は水に油でも混じったのだと思いました。班長も一瞥して「洗浄剤の残りかな」と言い、その氷を規格外の置き場へ回しました。ただ、赤い線の位置が気になりました。検品台の脇へ置いた私のトングと、角度まで同じだったからです。試しにトングを反対向きに置き、次の氷が上がるのを待ちました。
三十分後に抜いた氷にも、同じ乾いた四角がありました。今度の赤い線は、反対向きになっていました。それだけではありません。空洞の端に黒い長方形が二つあり、見上げると天井近くの換気口と数が一致しました。次の氷では検品台が少し大きく、私の黄色い手袋まで見えました。氷を作るたび、視点が天井から床へ近づいていたのです。
私は携帯で氷を撮り、容器番号と時刻を紙に控えました。別の列から抜いても空洞は現れ、必ず三十分後の配置を映していました。台車を移せば、次の氷の中でも移っています。班長は黙り込み、いったん機械を止めようとしました。ところが停止ボタンを押す直前、作りかけの氷に、ボタンへ手を伸ばす班長の姿が先に浮かびました。
最後に上がった氷では、視点が人の頭ほどの高さまで下がっていました。中の私は検品台へ身を乗り出し、頭上には吊り上げ用の大きな氷塊がありました。嫌な予感がして、私は台から三歩離れました。それでも氷の中の私は動きません。直後、電源を切ったはずの天井クレーンが滑り出し、映像と同じ位置で氷塊を落としました。検品台は真ん中から折れました。
けが人はいませんでしたが、その日の出荷は中止になりました。業者が調べても、クレーンの操作記録には何も残っていなかったそうです。割れた透明氷はすぐに白く濁り、乾いた空洞も崩れて、ただの破片になりました。私は撮影した画像を班長に見せようとしましたが、どの写真にも氷しか写っておらず、赤いトングだけが工場内から消えていました。
仕事を辞めて二週間ほど後、自宅で麦茶に冷蔵庫の氷を入れました。一個だけ溶けず、中心に乾いた四角が残りました。覗くと、上から見た台所の形があり、テーブル脇には赤いトングが横たわっていました。椅子は二脚描かれているのに、座っているのは向かい側の妻だけです。私の椅子の上には、脱いだ覚えのない黄色い手袋が置かれていました。
※本作は創作怪談です。
