測量機が、誰も立っていない葦原へ向かって確認音を鳴らした。画面には「P0」、距離は三十八・四二メートル。相棒の佐伯は、反射プリズムを畳んだまま私の隣にいる。それでも機械は、赤い光の先に確かな目標物があるように角度と高さを記録し、もう一度、短く澄んだ音を返した。
九月四日の金曜日、午後三時過ぎ。私たちは架空の川沿いにある造成予定地で、境界確認の測量をしていた。昔は細い水路だったという細長い空き地で、片側には稲田、反対側には資材置き場がある。雲越しの日差しは明るく、農機具の音も聞こえていた。夕方までに六点を測れば終わる、普段と変わらない仕事のはずだった。
機械が示した方向を佐伯と確かめると、葦の根元に短いオレンジ色の杭があった。頭には油性ペンで「0」とだけ書かれ、周囲の土には打ち込んだばかりの湿り気が残っている。私たちが用意した杭は一番から六番までで、零番はない。以前の業者が残したのだろうと考え、佐伯が引き抜いて道具袋へ入れた。杭は妙に温かかった。
一番の測定を終えると、機械はまた勝手に葦原へ向いた。今度のP0は二十六・八メートル。視線をたどると、抜いたはずの零番杭が三脚へ近い畦に立っていた。佐伯は無言で道具袋を開いたが、中には湿った土だけが残っている。試しにもう一度測定ボタンを押すと確認音が鳴り、表示距離は十八・一メートルへ縮まった。
私は作業を止め、観測データを平面図に落とした。一番から六番までの予定点とは別に、P0だけが測るたび位置を変え、私たちを囲むような折れ線を作っている。佐伯が杭へ近づこうとすると、何歩進んでも彼と杭の間隔は変わらなかった。事務所へ電話すると、主任は記録を見ないまま言った。「点を結ぶな。最後の一辺だけは、絶対に測るな」
その直後、無風なのに測量機の上部が回転し、望遠鏡が私の胸へ向いた。作動させていない赤い光が作業着の中央に止まる。佐伯が接眼部をのぞき、顔色を失った。「お前の代わりに、杭が立ってる」。足元では四方の土が順番に盛り上がり、見えない槌で打たれる音がした。P0までの距離が一メートルを切り、折れ線の両端が閉じようとしていた。
私は三脚を蹴り倒した。確認音は途中で潰れ、周囲から農機具の音も風も消えた。折れ線の内側だけ土が黒い水へ変わり、浅い川底のように波打っている。佐伯に腕を引かれ、私たちは資材置き場側へ転がり出た。数秒後、音も地面も元に戻ったが、六本の杭と測量機の記録は消えていた。残ったのは袋の底にある、零番杭の丸い真鍮製の頭だけだった。
翌週、私は自宅の食卓の下で、その真鍮片を見つけた。会社の金庫へ入れたはずなのに、床板へ測量鋲のように深く打ち込まれている。さらに三日後、部屋の別の二か所にも同じ鋲が増え、三点を結ぶと私の椅子を囲む形になった。四つ目が来る位置だけは空いている。今朝そこへ立ったとき、階下から短く澄んだ確認音が鳴った。
※本作は創作怪談です。
