三十部に設定したはずなのに、コピー機の排紙トレイには三十一枚あった。最後の一枚だけは算数プリントではなく、教室を真上から見たような灰色の図だった。九月二日、水曜日の午後五時二十分。図には整然と並ぶ三十脚の机と、後ろの壁へ向けて置かれた、もう一脚の机が描かれていた。私は思わず、まだ温かい紙を裏返した。
私は郊外の小学校で六年生を受け持っている。毎週水曜は職員会議のあとに、翌週分の教材をまとめて印刷するのが習慣だった。コピー室は職員室の隣にあり、白い蛍光灯と紙の匂いに満ちた、怖さとは縁のない場所だ。運動場からは片づけを終えたサッカー部の声が届き、用務員が廊下の窓を順番に閉めていた。
灰色の図は、前に使った誰かの原稿が紛れたのだろうと思った。しかし、用紙には折り目も文字もなく、机と椅子の輪郭だけが妙に正確だった。試しに教室へ戻って数えると、机はいつもどおり三十脚。後ろの壁際には掃除用具入れと水槽しかない。私は図を丸め、裏紙の箱へ入れた。機械の設定ミスなら、翌朝に確認すれば済むことだった。
翌週の水曜、同じ時刻に三十一枚目が滑り出した。今度の図では、余分な机が壁際から教室中央の通路へ移っていた。紙はほかのプリントより熱く、指先に乾いたチョークの匂いが残った。さらに翌週は、机が教卓の前まで来ていた。印刷中の表示は三十部のままなのに、機械は必ず一度だけ低く唸り、最後の一枚をゆっくり吐き出した。
偶然ではないと判断した私は、その日の放課後、三十脚すべての脚に赤い丸シールを貼った。窓と扉を施錠し、机の数と配置を手帳へ書き写す。コピー室では原稿台を開け、内部に紙が残っていないことも確かめた。電源コードまで抜いて職員室へ戻ると、背後でローラーの回る音がした。排紙トレイには、見覚えのない一枚が半分だけ突き出していた。
引き抜いた図には、施錠した教室へ入る私の後ろ姿が描かれていた。次の一枚では、余分な机が私の背後へ近づいている。電源の抜けた機械は次々と紙を吐き、最後の図では机の四本脚が、私の立つ場所と重なっていた。その瞬間、廊下の先で椅子を強く引く音がした。教室へ駆け込むと机は三十脚のまま。しかし教卓の前の床には、四角い脚跡が四つ、深く沈んでいた。
私は教頭を呼び、床の傷と抜いたままのコードを見せた。だが排紙トレイにあったはずの図は、どれも白紙へ変わっていた。翌日、故障という扱いでコピー機は倉庫へ運ばれ、別の機械が設置された。教室のへこみには補修材が塗られ、児童たちは「重い棚でも置いたの」と笑った。赤い丸シールの付いた机は、数えてもやはり三十脚だった。
二か月後、学芸会の座席表を新しいコピー機で三十部刷った。枚数を確かめて職員室へ戻る途中、一人の児童が「先生、これ誰の席?」と廊下側の最後列を指した。そこには補修した床を隠すように机が置かれ、脚には赤い丸シールがなかった。天板の上には白紙が一枚あり、薄い灰色の線で、コピー室の排紙トレイだけが真上から描かれていた。
※本作は創作怪談です。
