三十六部で停止したはずの複合機が、ひと呼吸置いてもう一枚吐き出した。九月二日、水曜日の午後五時十二分。紙面にあったのは授業プリントではなく、天井から見下ろしたような二年三組の座席図だった。六列六段の机、その後ろに余分な机が一つだけ描かれている。操作画面の部数表示は三十六のままで、機械音もすでに止まっていた。
私はそのクラスの担任で、水曜の放課後には翌週分の小テストを印刷する。生徒は三十六人。窓側から六人ずつ、机もきっちり三十六脚だ。印刷室は職員室の隣にある狭い部屋で、古い複合機と裁断機、色紙の棚が並んでいる。夕方でも白い蛍光灯は明るく、部活動の掛け声や吹奏楽部の音階練習が壁越しに届く、怖さとは無縁の作業場所だった。
誰かが直前に刷った資料が内部に残っていたのだろう。そう考え、余分な紙を裁断機の脇へ置いた。ところが座席図を見直すと、教卓の左端に短い黒線がある。昼休みに私が置き忘れた赤鉛筆と同じ位置だった。偶然にしては細かいが、以前作った座席表へ自分で印を付けた可能性もある。私は確認を後回しにし、次の教材を三十六部に設定して印刷を始めた。
二度目も、最後に一枚だけ座席図が出た。今度の余分な机は最後列ではなく、五列目と六列目の間に割り込んでいた。机の列は不自然に曲がり、その一脚を避けるように左右へずれている。紙を持って教室へ行くと、机は普段どおり三十六脚だった。ただ、床の薄い埃に四角い跡があり、椅子を引きずったような二本の線が、最後列から教卓へ向かって伸びていた。
用務担当の職員へ声をかけようとしたが、窓の外で部活動を終える生徒たちが見え、騒ぎにするのがためらわれた。私は赤いマグカップを教卓の中央へ置き、教室用の端末から白紙を一枚だけ印刷する操作をした。これで座席図が出ても、赤鉛筆の位置まで一致したのは偶然だと確かめられる。印刷室へ戻る途中、廊下の時計は五時十二分を示したまま、秒針だけが同じ目盛りを三度弾いていた。
複合機の排紙口には、白紙ではなく三枚目の座席図があった。中央にはマグカップを示す丸、その横には教卓へ手をついた人の形まで描かれている。私が数分前にしていた姿勢だった。そして三十七番目の机は、その人物の背中へ接するほど近い。教室へ駆け戻ると、教卓の後ろに見覚えのない机が置かれていた。天板には、最初に裁断したはずの座席図が、細長い紙片を隙間なくつないだ状態で載っていた。
椅子の脚が床を擦り、机の正面がゆっくり私へ向いた。私はマグカップも荷物も残して職員室へ退き、近くにいた同僚を連れて戻った。しかし、教室にある机は三十六脚だけで、床の線も消えていた。印刷室の裁断機脇に置いた紙片も、くず受けの中身ごとなくなっている。印刷履歴には三十六部の仕事が二件と白紙一枚だけが残り、余分な三枚はどこにも記録されていなかった。
翌週の水曜日、返却した小テストを一人の生徒が持ってきた。「先生、裏にも何か刷ってあります」。透かすと、紙の裏に薄い座席図が浮かび、三十六脚は空白のまま並んでいた。余分な一脚だけが教卓の内側にあり、その天板には私の職員番号が小さく入っていた。読み終えた瞬間、隣の印刷室から短い作動音がして、誰も触れていない複合機の排紙カウンターが三十六から三十七へ変わった。
※本作は創作怪談です。
