茂原公園の桜は有名だが、夜になると、まったく別の顔を見せる。
あれは、満開の時期だった。昼間の喧騒が嘘のように静まり返った園内を、一人で歩いていた。夜桜は美しいが、どこか現実感が薄い。風もないのに、枝がわずかに揺れている。
池のほとりに差しかかったとき、違和感に気づいた。
水面に、人影が立っている。
岸には誰もいない。だが、水の中にだけ、はっきりとした輪郭がある。
近づく。
その影は、こちらを見ているようだった。
次の瞬間、水面から“手”が伸びた。
ゆっくりと、確実に。
思わず後ずさる。手は水の中に引っ込んだ。あたりは再び静寂に戻る。
そのまま帰った。
家に着いて靴を脱いだとき、違和感に気づいた。
足首が濡れている。
だが、水ではない。
触れた指先に残ったのは——ぬるく、粘り気のある感触だった。
あの池の前を通るとき、今でも足元を見てしまう。
何かが、まだ掴もうとしている気がして。
