「ちょっと、話いいですか。」
一本の電話だった。
相手は出店エリアの地権者だった。
声の調子で、少しいつもと違うことはすぐに分かった。
「いくつか、出店はちょっと難しい団体がある。」
その一言から始まった。
理由を一つひとつ聞いていく。
納得できるものもあった。
長年その場所を守ってきた人だからこそ、大切にしている基準がある。
そこは理解できた。
でも、話はそこで終わらなかった。
少し間を置いて、地権者が続ける。
「それとね……」
「最近、変な話をよく聞くんだよ。」
変な話。
その言葉に少し身構えた。
「服部さんに言えば、誰でも出店できるらしいよ。」
「服部さんに頼めば、便宜を図ってもらえるらしい。」
思わず苦笑いが出そうになった。
そんな事実は、一つもない。
出店には基準がある。
地権者とも話をする。
委員会でも協議する。
一人で決められることなんて、ほとんどない。
それなのに、話だけが一人歩きしていた。
誰が言い始めたのかは分からない。
伝言ゲームの途中で変わったのか。
誰かが意図して流したのか。
結局、その答えは最後まで分からなかった。
ただ、一つだけ確かなことがあった。
自分の思いは、ちゃんと届いていなかった。
これは、人のせいだけじゃない。
説明が足りなかった。
伝える努力が足りなかった。
そこは、自分の責任だったと思う。
電話を切ったあと、しばらく机に座ったまま動けなかった。
思い返していたのは、茂原へ移住した頃のことだった。
「田舎って、人が温かいですよ。」
そう何度も発信してきた。
実際、その通りだと思っている。
困った時には助けてくれる。
知らない人でも声をかけてくれる。
都会では味わえない距離感がある。
だから、この街が好きになった。
でも、その一方で。
噂が噂を呼ぶ。
本人に聞けば五分で終わる話が、誰かを経由するたびに違う話になっていく。
それもまた、この土地の現実だった。
残念だった。
ただ、それだけだった。
誰かを責めたいわけじゃない。
「そんなことないですよ。」
そう言いたかった。
でも、現実として目の前で起きている。
地方の良さを伝え続けてきた自分だからこそ、その現実が少し苦しかった。
窓の外では、夏祭りの準備が少しずつ進んでいた。
提灯が吊られ始め、商店街には人が増えていく。
祭りは、もうすぐ始まる。
だからこそ思った。
この街を好きでいたい。
好きだからこそ、こういうところも少しずつ変えていけたらいい。
そんなことを考えた、少し長い夜だった。

