「これ、マジで出すんですか?」
最初にそう言ったのが誰だったのか、もう覚えていない。
ただ、その瞬間に会議室の空気が変わったことだけは、はっきり覚えている。
長机の上には、印刷された資料と飲みかけのペットボトル。 壁際では古いエアコンが低い音を鳴らし続けていた。
商工会議所の会議室は、いつも少し乾燥している。
その日も同じだった。
違ったのは、机の真ん中に置かれていた一枚の紙。
そこに書かれていたのが、“一般公募”という四文字だった。
「いや……一般って、どこまで?」
資料を見ていた一人が顔を上げる。
「誰でも出せるってことですか?」
「今までやってきた人たちはどうなるんです?」
「収拾つかなくならない?」
言葉が飛び始める。
怒鳴っているわけではない。
でも、全員の声に少しずつ熱が混ざっていく。
その空気を見ながら、内心では思っていた。
——やっと止まった。
ここ数ヶ月、ずっと同じ感覚があった。
変えた方がいい。 みんな、どこかではそう思っている。
でも、具体的な話になると止まる。
「まぁ今年はこのままで……」 「来年考えましょう」
そうやって、毎年少しずつ先送りされていく。
誰も反対はしない。 でも、誰も前に進めない。
祭りには、そういう独特の空気がある。
長い歴史。 積み重ね。 暗黙のルール。
特に出店は、その中心だった。
どこに出すか。 誰が出すか。
それは単なる配置の話じゃない。
売上。 導線。 毎年の積み重ね。
長い時間をかけて出来上がったバランスの話になる。
だから難しい。
変えようとすると、一気に空気が重くなる。
でも今回は、その空気を止めたかった。
だから、あえて強い言葉を使った。
——一般公募。
静かに出しても流される。
「また今度」 「まずは今年終わってから」
その繰り返しになると思っていた。
だから、一回燃やす必要があった。
会議が終わった後も、空気は続いていた。
「ちょっといいですか?」
廊下で呼び止められる。
「本当に誰でも出せるようにするんです?」
駐車場でも聞かれる。
「かなり荒れますよ、これ」
夜、居酒屋に移っても話題は同じだった。
焼き鳥の煙。 グラスの氷。 周りの席の笑い声。
その中で、何度も同じ説明をした。
「いや、やりたいのはそこじゃないんです」
本当に作りたかったのは、“地域団体が繋がる場所”だった。
地域でイベントをやっている人たち。 普段から地域活動をしている団体。
そういう存在が、七夕の中では意外と交わらない。
みんな別々に動いている。
だったら、出店エリアを“接続点”にできないか。
同じ場所に集まれば、自然と会話が生まれる。
「何やってるんですか?」 「今度一緒にやりません?」
そういう流れを作りたかった。
七夕を、ただ“消費する場”で終わらせたくなかった。
でも、その話を最初からしても届かない。
理念だけでは、人は動かない。
だから先に火をつけた。
結果として、かなり話題になった。
電話も来る。 直接聞かれる。 飲みの席でもその話になる。
でも、それでよかった。
今まで避けられていた話を、全員がし始めたからだ。
そのうち、少しずつ反応が変わってくる。
「なるほど、そういう意味か」
そう言われる回数が増えていった。
もちろん、全員が納得したわけじゃない。
それでも、前には進んだ。
最終的に、話は“地域団体を軸にした出店エリア”という形に落ち着いていく。
完全な自由化ではない。
YEGとして選定基準を持つ。 その上で、地域活動をしている団体を優先する。
最初に出した「一般公募」という言葉とは、少し違う形に見えるかもしれない。
それでも、本当に作りたかった景色には近づいていた。
会議室を出る頃には、外はもう暗くなっていた。
商工会議所の駐車場。 街灯に照らされたアスファルト。
「まぁ……大変っすね、これ」
誰かが苦笑いしながら言う。
「ですね」
そう返しながら、自分でも分かっていた。
ここから、もっと面倒なことになる。
でも同時に、祭りが初めて動き始めた感覚もあった。

