十八時十二分、職員玄関の管理端末に赤い文字が浮かんだ。
「未退勤 一名」
全員が帰ったことは、たった今この目で確認した。画面を開くと氏名欄は空白で、職員番号だけが「31」。現在地には、十年以上使われていない旧準備室と表示されていた。廊下の奥から、固い紙へ穴を打つような音が一度だけ響いた。
私はその学校で校務員として働き、戸締まりや備品の修理、職員玄関の退勤確認を担当している。水曜日は部活動のない一斉退校日で、普段なら十八時前には校舎が静かになる。九月二日も、教員二十九人と私の計三十人が順にカードをかざし、玄関を出た。残るのは蛍光灯の低い唸りと、冷房が止まった職員室のぬるい空気だけのはずだった。
思い返せば、前の水曜日にも妙なことはあった。退勤用カードの受け皿に、名前のない紙片が一枚差し込まれていたのだ。上端には「31」、中央には十八時十二分という時刻が青く印字されていた。端末業者が試運転に使った紙だろうと考え、私は破棄箱へ入れた。翌朝には箱が空だったが、清掃担当が処分したのだと思い、それ以上は確かめなかった。
端末の表示を閉じても、数秒後には再び「未退勤 一名」と点滅した。すると無人の印刷室でプリンターが動き、白紙を一枚吐き出した。紙には校内図と、旧準備室まで続く赤い点線が印刷されている。廊下へ出ると、点線に沿うように天井灯が一本ずつ消え、代わりに遠くから、カチン、カチンと一定の間隔で打刻音が近づいてきた。
故障なら明朝まで放置できない。私は管理端末を撮影し、宿直担当へ連絡を入れたが、「こちらでは全員退勤になっています」と言われた。念のためマスターキーと懐中電灯を持ち、旧準備室へ向かった。扉には机と椅子が積まれているという札が下がっている。鍵を差した瞬間、室内から小さな声で「三十」と聞こえ、続いてカードを送る乾いた音がした。
扉を開けると、埃だらけの机が三十一脚、教室のように並んでいた。正面の壁には、撤去されたはずの古い打刻機が掛かっている。そのカード差しには現職員三十人の名前が順に並び、最後の一枚だけが裏返しだった。私が近づくと、カードは誰の手もないまま機械へ沈み、十八時十二分が刻まれた。裏返った面に現れたのは私の名前で、背後の三十一脚すべてから同時に椅子を引く音がした。
私は鍵も閉めずに職員玄関まで走った。端末は通常画面へ戻り、宿直担当も「旧準備室は倉庫のままですよ」と首をかしげた。二人で確認しに戻ると、そこには積み重ねた机があるだけで、打刻機もカードもなかった。ただし床の埃には、三十一人分に見える靴跡が整然と扉へ向かい、最後の一組だけが廊下へ出ず、私の立っていた位置で途切れていた。
翌週の水曜日、私は十八時前に退勤した。端末には「退勤済 三十名」と表示され、胸をなで下ろした。ところが翌朝、職員室の座席表が新しいものに交換され、入口近くに見覚えのない机が一つ増えていた。名札には私の名前、その下には小さく「31」とある。元の席へ戻そうと持ち上げると、引き出しの中で打刻機が鳴り、まだ来ていない職員たちの席から一斉に椅子を引く音がした。
※本作は創作怪談です。
