玄関の内側から、白いレシートの先がのぞいていた。八月三十一日、月曜の夜。鍵はまだ僕の手の中にあり、ドアも施錠されたままだ。紙を引き抜くと、印字された時刻は翌日の十九時四十二分。牛乳、食パン、洗剤――いま提げている袋の中身と同じ品が並び、合計欄の下に「帰宅者 二名」とあった。
僕は駅近くの小さな事務所で働き、平日はほぼ同じ時刻に帰る。特に月曜は残業を避け、商店街の端にあるスーパーへ寄るのが習慣だった。明るい売り場で三日分の食料を買い、十分ほど歩いて築年数の浅い集合住宅へ戻る。廊下には人感灯があり、足を進めるたび順番に点く、ごく静かな住まいだった。
レシートは買い物袋に貼りついて運ばれ、ドアを開けた拍子に内側へ滑ったのだろう。日付はレジの設定ミス、「二名」は客数か何かの管理表示だ。そう考えれば筋は通る気がした。とはいえ、手元にある本物のレシートには正しい日付しかない。僕は奇妙な一枚を畳んで靴箱へ入れ、室内の窓と収納を一通り確かめた。
翌日の帰り、気味の悪さを打ち消すため、別の品を選んで同じスーパーのセルフレジに立った。会計を終えると、機械は一枚目に続いて短い紙を吐き出した。そこには商品名がなく、「十九時四十二分 廊下通過 二名」とだけある。係員を呼ぶと、彼女は受け皿の紙を一枚ずつ数え、「出たのは普通のレシートだけですよ」と首をかしげた。
十九時四十分、僕は自室のある階へ着いたが、エレベーター前から動けなかった。紙の時刻まで待ち、スマートフォンを廊下へ向ける。四十二分になった瞬間、奥の人感灯がひとつ点き、次の灯り、さらに次の灯りへと明るさが近づいてきた。足音はない。僕の前を通り過ぎるはずの光は、目の前で止まり、背後でもう一灯だけ点いた。
反射的に鍵を開け、室内へ滑り込んだ。ドアを閉めると、台所の暗がりからセルフレジと同じ電子音が鳴った。牛乳を床へ置くと一度、洗剤を置くともう一度。袋の品を出すたび正確に音が続き、最後に僕が寝室の敷居をまたいだところで、ひときわ低い音がした。玄関へ戻ると、新しい紙がドアの下から伸びていた。「帰宅者 二名 未精算 一名」。その直後、脱いだ覚えのない右足の靴が、ゆっくり室内側へ倒れた。
僕は靴も履かずに非常階段を下り、明け方まで近くの明るい飲食店で過ごした。翌朝、同僚に頼んで一緒に部屋を調べてもらったが、窓も収納も施錠されたままで、人が隠れた形跡はない。二枚の紙は靴箱に残っていたものの、文字だけがきれいに消えていた。それから僕は帰宅時刻を変え、買い物も宅配で済ませるようになった。
三週間後の月曜、出勤前に靴箱を開けると、白紙だった二枚のうち一枚に印字が戻っていた。日付はその日、時刻は帰宅予定より一時間早い。急いで管理用の映像を確認してもらうと、まだ朝なのに僕の部屋の前だけ人感灯が順番に点いていたという。紙の最下段には「帰宅者 一名」とある。その下では、印字途中の黒い線が、いまも少しずつ二本目の数字を形作っている。
※本作は創作怪談です。
