宅配ロッカーが、私の部屋番号を声に出した。八月三十一日の午後八時十分、買い物袋を提げて集合玄関を通った瞬間、「四〇六号室、お荷物をお取りください」と女声が告げたのだ。注文した覚えはない。液晶には八番の扉だけが青く点滅し、暗証番号を入れていないのに、錠が小さく鳴って数センチ開いた。隙間の奥には、箱ではなく濡れたタイルのようなものが見えた。
月曜日はいつも帰りが遅い。勤め先で週初めの処理を済ませ、駅前の店で一週間分の食料を買い、午後八時ごろに帰宅する。築年数の浅い集合住宅のロビーは白い照明で明るく、宅配ロッカーも住人が絶えず使っていた。普段なら子どもの自転車や夕食の匂いに気を取られ、立ち止まる場所ではない。その夜も袋の中では牛乳と桃がぶつかり、ありふれた帰宅の音を立てていた。
八番扉を指先で開くと、中に荷物はなかった。代わりに、底へ細長い利用票が一枚落ちていた。拾ってみると、部屋番号は四〇六、受取時刻は「二〇時一七分」と印字されている。腕時計はまだ二〇時十分だった。機械の時計が進んでいるだけだろうと思い、票を折ってポケットへ入れた。扉を閉じる間際、奥から自宅で使っているものと同じ、甘い洗濯洗剤の匂いが流れてきた。
エレベーターを待っていると、表示が二〇時一七分へ変わった瞬間、背後で八番扉が開いた。今度は中に白い買い物袋が置かれていた。私が右手に持つ袋と同じ店のものだった。透けて見える牛乳、食パン、二個の桃まで同じで、一方の桃には売り場で確かめた傷と同じへこみがある。袋の下から台所用タイマーの電子音が一度鳴り、ロッカーの内部だけが冷蔵庫のように白く曇った。
取り違えを疑い、私は自分の袋を足元に置いて二つのレシートを比べた。品目も金額も一致していたが、ロッカー側のレシートの日付だけが一週間後の九月七日になっていた。管理人を呼ぶボタンを押しても、スピーカーから返るのは浅い呼吸のような雑音だけだった。携帯電話の明かりを奥へ向けると、六十センチほどで壁になるはずの箱の中に、タイル張りの廊下と濡れた足跡が続いていた。
足跡は光の届かない先からこちらへ近づき、八番扉の手前で止まった。そのとき館内放送が「四〇六号室、お荷物をお入れください」と言い換えた。足元に置いた私の買い物袋が、見えない何かに引かれてロッカーへ滑り込む。扉の奥には一瞬、自室の玄関が見えた。私と同じ灰色のシャツを着た背中が、奪った袋を台所へ運んでいる。その人物は振り向かず、「今週は、そっち」と私の声で言った。
扉が閉じるとエレベーターが到着し、ロビーは元の明るさへ戻った。私は四階へ駆け上がり、鍵を開けて室内を調べた。誰もいない。それでも冷蔵庫には牛乳が収まり、食パンは棚へ、傷のある桃は皿へ並べられていた。台所のタイマーには七分が残り、触れた途端にゼロへ戻った。翌朝、管理担当者に八番扉を確認してもらったが、内部は普通の金属箱で、その夜の開閉記録も残っていなかった。
翌週の月曜日、私は定時で帰り、午後八時前から部屋を出ずにいた。八時十分、玄関の受話器から「八番扉が開きました」と声がしたが、応じなかった。七分後、廊下側で買い物袋を床へ置く音がした。続いて鍵が差し込まれ、右へ二回、左へ一回、私が毎晩する順番で回り始めた。冷蔵庫の桃を見ると、先週は丸かったへこみが、内側から押されたように細長い数字の「八」へ変わっていた。
※本作は創作怪談です。
