終電に飛び乗ったのは、日付が変わる少し前だった。
車内は静かだった。
仕事帰りらしい人が数人いたはずなのに、気づけば誰もいない。
「終点です。」
車掌のアナウンスが流れても、私は疲れ切って立ち上がれなかった。
ようやく荷物を持ち、ホームへ降りる。
駅はひどく静かで、売店も改札も灯りだけが残っていた。
改札へ向かう途中、運転士が私を見て不思議そうな顔をした。
「お連れの方は?」
「え?」
「ずっと隣に座っていたでしょう。」
思わず笑ってしまった。
「一人ですよ。」
運転士は首をかしげたまま運転席へ戻っていった。
帰宅しても、その言葉だけが頭から離れない。
翌日。
財布を開くと、見覚えのない古い乗車券が一枚入っていた。
印字は消えかけ、行き先も読めない。
裏には鉛筆で、小さく数字が書かれていた。
「2」
誰かの忘れ物だろう。
そう思って捨てようとしたが、なぜか手が止まる。
翌週も、その次の週も、仕事が遅くなる日は決まって同じ電車に乗った。
そして三度目の夜。
窓ガラスに映る自分の隣。
ぼんやりと人影が見えた。
顔までは分からない。
ただ、こちらを向いて座っている。
振り返っても誰もいない。
窓を見ると、まだ座っている。
目を閉じ、次の駅で降りよう。
そう決めて立ち上がると、隣の座席から紙が一枚滑り落ちた。
あの古い乗車券だった。
裏を見る。
数字は、
「1」
に変わっていた。
慌ててホームへ飛び出し、振り返る。
閉まりかけたドアの向こう。
誰もいない車内で、一つだけ座席が沈んでいた。
まるで、誰かがまだ座っているように。
それ以来、終電には乗っていない。
けれど夜遅く、電車が通る音を聞くたびに思い出す。
もしあの日、終点で降りるのが少し遅れていたら。
あの席に残っていたのは、誰だったのだろう。
