その頃、まだ委員会は存在していなかった。
正式に何かが決まっていたわけでもない。
「まぁ、進めてみてください」
その一言だけを頼りに、企画だけが先に走り始めていた。
今思えば、かなり危ない状態だったと思う。
でも、不思議と止まる気はしなかった。
むしろ、“今動かないと消える”みたいな感覚の方が強かった。
夜、自宅のデスクで一人、PCを開く。
モニターには、まだ粗い企画書。
タイトルだけやけに大きくて、中身は全然埋まっていない。
「七夕怪談ライブ」
自分で書いたその文字を見ながら、
“本当にやるのか、これ”
と、少しだけ笑ったのを覚えている。
最初にオファーを出したのは、牛抱せん夏さんだった。
理由はうまく説明できない。
でも、七夕の夜に怪談を置く景色を想像した時、この人だけは妙に自然だった。
茂原の夜。
屋台の灯り。
少し湿った夏の空気。
その中で怪談を語っている姿が、最初から頭の中にあった。
だから、とりあえず話してみようと思った。
打ち合わせはZoomだった。
画面越しに軽く挨拶をして、企画の話を始める。
「七夕で怪談ライブをやりたくて」
今聞くとかなり雑な説明だと思う。
でも、その頃はまだ“勢い”の方が強かった。
細かいことより、まずやりたい。
そんな感じだった。
画面の向こうで、牛抱さんが面白そうに話を聞いてくれていた。
それだけで少し安心した。
企画の話をしているうちに、会話が少し横に逸れる。
「地域って、結構怪談残ってたりしますよね」
その言葉が、妙に引っかかった。
「例えば、地元の人しか知らない話とか」
「昔からある噂とか」
画面越しにそんな話をしながら、頭の中で何かが繋がっていく。
地域には、残っている。
語られなくなっただけで、消えてはいない話がある。
子供の頃に聞いた話。
昔から言われている話。
でも、誰もまとめていない。
だったら、集めればいいんじゃないか。
その瞬間、怪談ライブだったものが、少し違う形に変わった。
ただのイベントじゃなくなる。
“地域の物語を残す”
そっち側に、一気に意味が広がった。
画面越しに話をしながら、自分の中だけで勝手に興奮していた。
多分、百物語の始まりはあそこだった。
後からシステムになっていく。
投稿型になっていく。
地域ストーリーに広がっていく。
でも、最初の火種は、あのZoomの会話だった。
打ち合わせが終わったあともしばらく、PCを閉じられなかった。
静かな部屋。
モニターだけが白く光っている。
気づくとスマホのメモを開いていた。
思いついた言葉を、忘れないうちに打ち込んでいく。
「地域怪談」
「集める」
「投稿」
「百物語」
まだ名前もない。
形もない。
でも、あの夜にはもう始まっていた。
怪談ライブより先に。
七夕より先に。
百物語そのものが。

