外房の海は、夜になると音が変わる。
あの日、私は一人で夜釣りをしていた。波の音だけが一定のリズムで繰り返され、時間の感覚が曖昧になっていく。
その中に、違う音が混じった。
「……おい」
一瞬、気のせいかと思った。
だが次ははっきり聞こえた。
自分の名前だった。
周囲には誰もいない。車も一台も止まっていない。
再び、波。
そしてまた、名前。
今度はすぐ後ろから。
振り返る。
誰もいない。
だが確実に、すぐ背後に“何か”が立っていた気配だけが残っている。
慌てて道具を片付け、その場を離れた。
車に乗り込み、エンジンをかける。
バックミラーを見た。
後部座席に、濡れた人影が座っていた。
