頭上の葉が、裏側から切られていた。私が剪定ばさみを閉じるたび、少し離れた場所で、ぱちん、と同じ乾いた音がする。見上げると、巨大なサトイモに似た葉の縁が、こちら側へ細く落ちてきた。脚立の上には私しかいない。しかも切れ口のすぐ下から、葉を支えるように白い指先が五本、ゆっくり引っ込んだ。そのときは、同僚が葉陰でふざけているのだと思った。
私は郊外にある小さな植物展示園で、温室の管理補助をしている。九月半ばでも内部は蒸し暑く、閉園後には散水ポンプと換気扇の低い唸りだけが残る。金曜は翌週の展示に備え、伸びすぎた枝を整える日だった。普段なら先輩の森川と二人で作業するが、その日は彼が資材を取りに管理棟へ戻っていた。西日の入るガラス屋根の下はまだ明るく、怖い場所という印象など一度も持ったことがなかった。
脚立を降り、葉の向こうをのぞいても誰もいなかった。床にはホースが蛇行し、霧状の水滴が夕日の中に浮いているだけだ。さっき見た指も、若い芽が重なってそう見えたのだろうと考えた。ところが切った枝を回収していると、背中側で葉同士が擦れる音がした。振り返った瞬間、幅の広い一枚の葉が人の手の形に深くへこんだ。押しているものは見えないまま、その窪みだけが葉の裏をゆっくり這っていった。
私は無線で森川を呼んだ。返事を待つ間、散水装置が動き、細かな水が温室いっぱいに降り始めた。その水を受けた植物が、風もないのに一斉に傾いた。表ではなく、白っぽい葉裏を私へ向けるように。そして数メートル先、その葉裏の連なりの中に、人間ほどの輪郭が浮いた。何十枚もの葉を内側から押しているような形だった。頭らしい膨らみが傾くと、私の首も引かれるように同じ方向へ曲がり、筋が痛んだ。
気のせいではない。そう判断して剪定ばさみを放り、出口へ向かった。だが通路を横切ろうとすると、垂れていた蔓が足首へ絡みついた。植物が伸びたのではない。葉の奥から白い手が現れ、蔓を私の靴へ巻きつけていたのだ。私はホースの金具で蔓を外し、管理棟側の扉を叩いた。外から森川が開けようとしたが、私は反対側から誰かに作業着の背をつかまれたように動けなくなった。「後ろに誰かいるぞ」と森川が叫んだ。
その声で振り向いた。葉の隙間に、膝を深く折った裸のようなものがいた。皮膚は湿った葉裏と同じ灰緑色で、顔の位置には葉脈に似た筋しかない。両腕だけが異様に長く、その手には私が落とした剪定ばさみが握られていた。それは私が普段枝を切るときと同じ構えをすると、刃を開いたまま私の肩へ伸ばしてきた。森川が扉越しに消火器を噴射すると、白煙の中で周囲の葉が激しく閉じ、私は引っ張られるように外へ転がり出た。
扉を閉めたあとも、内側では何かが葉を掻き分けていた。森川も「あれは人じゃない」としか言わなかった。翌朝、責任者を含む三人で温室へ入ったが、植物はいつもの向きに戻り、床にも壊れた枝にも不自然な点はなかった。ただ、前夜に脱いだ私の作業着だけは温室入口のベンチに置かれていた。背中には濡れた大きな葉を押し当てたような跡があり、その中央に指を広げた形の乾いた部分が残っていた。
それ以来、閉園後の温室作業から私は外してもらった。数日後、新しい作業着を受け取り、管理棟で袖を通したとき、右腕だけが妙に冷たかった。脱いで裏返すと、内側の布に薄い緑色の筋が走っていた。葉脈のようにも見えたが、肩から肘、肘から手首へと枝分かれしている位置が、人間の腕の血管に妙によく似ていた。慌てて机へ置くと、何も触れていない袖がゆっくり曲がった。剪定ばさみを握るときの、私の肘の角度だった。
※本作は創作怪談です。
