歌い終えた瞬間、刈り取りを終えた田の向こうから、僕自身の声で続きを歌うものがいた。声は山から反響したのではない。足元の細い用水路を、曲がり角ごとに濡れた息を継ぎながら、こちらへ上ってきた。隣にいた老人は鎌を落とし、「そこまで歌ったのか」と言った。それまで穏やかだった顔から、血の気がきれいに引いていた。
僕は町の文化資料を作る仕事で、その山あいの集落を訪れていた。十月に入り、斜面の田はほとんど刈り終わっている。午後の日差しにはまだ温かさがあり、住民たちは畦の草を払い、藁を束ねながら冗談を飛ばしていた。昔の作業歌を尋ねると、老人たちは「谷返しなら覚えている」と笑った。ただし誰が歌っても、旋律は妙なところで途切れた。
理由を聞いても、「昔から、あそこまでだ」としか答えない。休憩中、僕は覚えた旋律を小声でなぞった。音楽経験があったせいで、切れた先の節回しが自然に想像できたのだ。最後の一息を即興で補うと、近くで束を結んでいた女性がこちらを見た。僕ではなく、その背後の谷を見ている。「今の、誰から教わったの」。冗談を返せる声音ではなかった。
その直後から、田の空気が変わった。風は吹いているのに、用水路沿いのススキだけが動かない。代わりに水口の奥から、誰かが息を吸う音がした。老人が僕の腕をつかみ、田から出ろと言う。歩き始めると、土の下を声が追ってきた。僕の即興した節をなぞりながら、ところどころ母音を間違えている。人間の歌を、口の使い方から覚えているような声だった。
集会所まで戻ると、老人は戸を閉めず、僕に「返事だけはするな」と念を押した。この土地では昔、谷で歌うとき、最後の節を人間側に残して終えるのだという。理由については老人自身も知らない。ただ、全部を谷へ渡すと「歌う口を覚えられる」と祖母に叱られたそうだ。僕は昼間のことだと自分に言い聞かせ、車で帰ろうとした。そのとき開いた窓の外で、僕の声が名前を呼んだ。
声の主は田ではなく、集会所脇のコンクリート水路にいた。透明な水の下、落ち葉の間に、人の喉元に似た白い膨らみが見えた。顔も胴もない。それが水を押し上げて収縮するたび、僕の声で歌が漏れた。老人が竹箒で水面を激しく叩くと、今度は老人の声に変わった。「こっちへ来い」。老人は僕を車へ押し込み、自分は耳を塞いだ。その直後、助手席の床下から歌の最後の節が響いた。
僕はエンジンをかけ、集落を出るまで一度も声を出さなかった。舗装路へ下りるころには床下の歌も消えていた。後日、資料担当へ事情を話すと、あの作業歌は収録対象から外すことになった。老人から届いた短い手紙には、「歌を思い出しても、鼻歌にしないこと」とだけあった。それ以来、僕は旋律を頭に浮かべそうになるたび、別の曲を大声で考える癖がついた。
冬の初め、別の町の講座で民謡について話していたときだった。休憩時間、参加者の小さな男の子が窓辺で鼻歌を歌っていた。僕は聞いた瞬間に言葉を失った。あの旋律だった。ただ、僕が補ったはずの最後の節まで滑らかにつながっている。誰に教わったのか尋ねると、男の子は庭の雨樋を指した。「さっき、水のところでお兄さんが歌ってた」。その日は朝から、一滴も雨が降っていなかった。
※本作は創作怪談です。
