「あのとき、縁側の下で息を止めてたんだよな」
父がそう言った瞬間、私は箸を置いた。それは私が小学生の夏、叱られたあと祖母の家で隠れたときの話だった。誰にも居場所を教えず、縁側の土の匂いと、頬に触れた蜘蛛の巣まで覚えている。父は私を捜しに来てもいなかった。それなのに、「右の肘、蟻に噛まれて痒かった」と笑った。そこまで知っているのは、私だけのはずだった。
土曜の夕食は、近くに住む両親の家で食べることが多い。母が料理を並べ、父がテレビの音を小さくし、私は食後に洗い物をする。特別な習慣ではない。昔話が始まることも珍しくなく、旅行や運動会の記憶が食い違えば、三人で「そんなことあった?」と笑って終わる。その晩も、窓の外にはまだ薄い夕焼けが残り、台所では換気扇が回っていた。だから最初は、父が昔聞いた話を勘違いしたのだと思った。
ところが父は、私の視点で続きを話した。「母さんのサンダルが見えて、出ようか迷った。でも怒られるから動かなかった」。母は怪訝そうに父を見た。私はその場面を誰にも話した覚えがない。さらに奇妙なのは、父の話を聞いているうちに、私自身の記憶が薄くなったことだった。土の冷たさは思い出せるのに、縁側の下から見た母の足元だけが浮かばない。代わりに父が、「白いサンダルだった」と即答した。
母が「やめなさい」と強い声を出した。その声を聞いた途端、今度は私の頭へ、知らない記憶が滑り込んできた。雨の日の台所で、幼い父が牛乳をこぼして泣いている。私はその背中を拭いている。あり得ない。父が子どもの頃、私は生まれてさえいない。それでも濡れた布巾の重さや、古い床板の感触まで分かった。「私、これ知ってる」と口にすると、父の顔から笑みが消えた。母だけが椅子を引き、私たちから離れた。
私は食卓を離れ、洗面所で顔を洗った。帰った方がいいと思ったのだ。ところが鏡を見る前に、廊下から母のすすり泣きが聞こえた。戻ると母は父の肩をつかみ、「それ、私の思い出でしょう」と繰り返していた。父は答えず、自分の左手を見つめている。その指先が、幼い頃の私と同じ癖で爪の脇をこすっていた。「お父さん、それ私が怖いときにやるやつだよ」。そう言うと、父は初めて見る人のように私を見た。
次の瞬間、父と母が同時に私の声で話した。「ここに隠れていれば見つからない」。二人は食卓の下へ目を向けた。そこには何もいない。それでも私は、縁側の下で息を殺したあの日の感覚を突然、身体ごと失った。自分が隠れていたという事実だけは分かるのに、誰から隠れ、どうやって出てきたのか思い出せない。代わりに父が身を縮め、母が床へ膝をつき、二人とも同じ場所を覗き込んだ。そして母が、私の幼い呼び方で自分自身を呼んだ。
私は二人の腕を引き、玄関まで連れ出した。外気に触れると父は咳き込み、母は「どうして床にいたの」と聞いた。二人とも食卓の下を覗いたことを覚えていなかった。その夜は三人で私の部屋へ移り、昔の話をしないことにした。翌朝、父は普段通り新聞を読み、母も朝食を作った。ただ、私が昨夜のことを書き留めようとすると、最初の夏休みの場面だけ文章にできなかった。主語を「私」と書くたび、誰のことを書いているのか分からなくなる。
数日後、母から料理の作り方を尋ねる短い電話が来た。教えた覚えのない料理だったが、手順はなぜか私の口から自然に出た。電話を切ったあと、父からも留守番電話が入っていた。声はいつもの父だった。ただ、最後に小さく、「まだ出ちゃだめ」と言っていた。その言い方を聞いた瞬間、私は机の下へ足を引き上げていた。理由を考えるより先に身体が動いたのだ。そして床すれすれの高さから、母の白いサンダルがこちらへ近づいてくる記憶だけが、鮮明に戻ってきた。
※本作は創作怪談です。
